2015年6月4日木曜日

最近のテーブル写真のこと

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仕事で付き合いのある職人さんに、自宅用のテーブルを製作してもらった。
1.2m×2.4mという特大サイズのテーブルは、私たちの生活スタイルに大きく影響している。

写真を撮るか撮られるかという二人の関係は、いつのまにかそれ自体が日常の一瞬になっており約1/100秒の思い出の記録は、いつもさほど変化の無い私たちの日常の様子である。

さてさて、一旦なにかソレっぽい一文を挟んだが、私たちの生活は全て大きなテーブルの上に表れる。忙しければ散らかるし、平和な休日には片付いている。自分たちの内面的な状況を知ることができるテーブルなのだ。

ちなみに、おおよそ居間の半分を占める大きさであるから家で何かを撮るときには避けられないエリアなのである。

少し前から私たちはテーブルの上で何かを撮るということに熱心になっている。
今回は、そんな写真をとりあえず並べてみようと思った。

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仕事の性質上、色々な装飾物に囲まれる場合がある。サンプルとして製作するものは、割合撮影にもすこし使ったりしてみている。写真映えするものが、やはり一番提案の説得力があるし、自分で作ったものを落ち着いて客観視できるのは写真の持つ性質だと思う。

見てもらってわかるとおり、私たちは非常に穏やかに呑気な生活をしている。
確かに多少仕事で忙しいことも多いが、それでも一緒にいられる時間は一番大切だ。

そんな、客観視しても呑気なままでいられたらと切に思っている。

最後に、ごく最近のことで優綺さんがGetty imagesのコントリビューターになった。Getty images は以前までFlickrと業務提携をしており、裏口入学的にFlickrから登録うることができた。昨年くらいにGetty imagesとFlickrの業務提携が満期となり、Getty images側が契約を継続しないこととなった。事実上、裏口入学の廃止である。
しかし、契約満期の頃にフォトグラファーとGetty images間の契約が更新され、私の様なFlickrからの裏口入学者は引き続きGetty imagesのコントリビューターとして写真を投稿できる。
ちなみに優綺さんは後発的に写真を撮り始めたわけなので、正面からの審査となる。以前までは、エディター宛に写真を30枚送るという方法だったが、現在では「Work with us」というコンペティションに投稿し、エディターにピックアップしてもらうのを待つというなんともじれったい方法のみとなっている。
その審査を経て、最近優綺さんはGetty imagesのコントリビューターとなったので二人でゆっくりまったり食費を稼いでいきたいなと思う。

2015年6月2日火曜日

ボチボチ再開しますが不定期です。

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一緒に生活を始めてから、毎日一緒にいるのでどのようなタイミングで更新するべきかと思索しているうちにめっきりこのブログも休刊状態となった。今回再開したきっかけに、先日お会いした遠藤さんの「最近、ブログ更新してないよね。楽しみにしてたんだけど」という一言がある。一人でも楽しんでる方がいるのであれば、記事を書く意味があると思う。そもそも、このブログは田舎の駄菓子屋なのだ。

今回は先日、東京に仕事で出張したときの話。仕事終わりに前々から気になっていたフォトグラファーの遠藤さんにお会いした。彼の写真は私と共通するところがあるが、私は彼の写真を心から尊敬している。ただ単純に綺麗であること以上に、いかに彼が繊細なタッチで写真を描いているかは写真の経験値が高い人ほど理解するんだろうと期待している。

雨の渋谷で合流し、焼き鳥を食べながらカメラ談義に花を咲かせ、私の方は知識も経験も浅いながら背伸びすること無く楽しい会話が出来た。焼き鳥で腹を満たした後は渋谷の街でストリートスナップを撮った。
フォトウォークなるものが、いかにして起こりえるかということに前々から興味を持っていた。それこそ、遠藤さんと私は割合似た写真を撮るがお互い一貫した違いを持つ。それゆえ、同じエリアにいながらにしてそれぞれ立つ位置も、撮影中の体勢も違い、当然撮影する対象も全く違うのである。

「ここから覗くと景色が違うんだ」とか言って自慢の構図を共有することは全くなく、場所の特徴を遠藤さんがとても簡単に話してくれた後は、一つの場所と少しの時間を共有したのみだ。

今回アップロードした写真は、そんな場所と時間を共有した中で偶然同じ人の背中を撮っていたというもの。遠藤さんの方は、今のところFlickrにアップロードしていないので今回は私の写真のみだが、彼はこの人を男性と認識して写真に納めた。私は、この人を女性として撮影した。必然的に、意図する構図も全く違う結果となっている。

同じ場所にいて、同じ人を撮影しているが、撮影者それぞれの感覚で最終的に出てくる写真が全く印象の異なるものだと知ると、いわゆるフォトウォークの楽しみが俄然高まるものだ。それだけ、写真とは個人の価値観や想像力を反映するものだと再認識させられる。

改めて私の写真のありかたを整理するとすれば、私は優綺さんを大好きな恋人であるとして写真を撮っているわけで、二人で過ごすゆっくりとした時間が記録できたらそれで満足なのである。それが写真から伝わらないのであれば、私はまだまだ写真に意味を落し込めていないだけだということだろう。

それ以外の写真は、その時々で撮る意味が変化しているということを最後に追記しておく。

2015年3月9日月曜日

週末に優綺さんを撮りそびれた日のこと

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週末に優綺さんを撮影している。仕事で会えないときを除けば、撮り逃したことはない。とはいえ、最近は特に日の光で撮っているので時間帯が限られる。

2015/02/28
相変わらず、金曜日の夜に待ち合わせして一緒に実家に帰宅した。
待ち合わせの前にソワソワする感覚は、とてもイイ。

日曜日に大事なプレゼンを控えていたため、土曜日に一度身支度を整えた以外は私の予定も無く、二人でゆっくりと過ごせた。
出かけていた時間があったこともあり、土曜日に写真は撮っていなかった。日が落ちた部屋で写真をとっても、あまり上手くいかないと最近感じていたのもある。今回の写真は、優綺さんが撮影した写真だ。
優綺さんは、ツーショットが撮りたいけど、三脚を立てて写真を撮るとどうしても自然な感じが出ないことを理解していて、それでもツーショットが撮りたいから足を撮る。そんな彼女の考え方が、とても愛おしいことだと思っている。

さて、土曜日に写真を撮らなかったわけだが、日曜日のプレゼンが終わった後に優綺さんに連絡してみると、今日は素直に帰宅しますということだった。これは、失敗した。
会っているのに写真を撮れない時があるとは考えていなかった。写真が好きな人程、写真を人生に置き換えたがる気がするが、この日ばかりはなるほどなと理解した。

大事な瞬間は常に溢れているが、撮り逃した時間は戻ってこないものだ。




2015年3月1日日曜日

札幌もめっきり春節ムードたっぷりだった日のこと

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ニュースでも新聞でも、中国からの人の流入が多く、経済効果も高いというはなしを目にする。昨今、日本と中国は話題を欠かない間柄だったが観光産業なんかは中国人の動きを注視せざるを得ない状況なんだと思う。今後は、もっと外国から人が入らないと日本なんて国は貧乏一直線だろうから、今の状況は今後良い方向に進んでほしいと思う。

2015/02/22
北海道も、昨今アジア圏の観光客がごったがえす状況が目に付く。住んでいると気がつかない様な場所が魅力的らしく、思わぬ方向にレンズを向けている観光客をよく目にする。
写真をやってない人から見れば「なんか解んない方にカメラ向けてたよ」というだろうけど、概して向こうの人は写真が上手だ。はっきり言うと、アジア圏で日本人が一番写真がヘタだと思っているところもある。

さて、ここ最近の優綺さんは色々と忙しかった。親戚がお亡くなりになられたこともあり宛どころの無い悲しみが続いていたことは近くにいる私が一番理解しているつもりだ。
かといって、私がその悲しみを解消できるかというと、そういうもんでもないと思っている。こればっかりは、自分の中で整理していくことが今後を考えると一番だと思ってる。何より、親族の死を励ます言葉など日本語には無いと思う。

告別式が終わった後、実家まで来てもらって姪っ子の撮影会を開催した。
知人のカフェを使って、勢い良く撮影を行った。この日撮影した写真は、後に姉がとりまとめを行う「食育」をテーマにしたフリーマガジンに使用されていく。なんとか発光されたときには、時折写真で手伝いが出来ればいいなと思う。
優綺さんも姪っ子と仲がよく、終始機嫌を持ち上げつつ楽しい撮影となった。

写真を撮った後は、優綺さんとデートをした。いわゆるデートらしいデートをしたのは久々だったなと思う。焼き鳥を食べに行く途中、まさしくこれが春節の瀑買いってやつだなって光景に遭遇した。日曜の日が落ちた時間に市街地に人がごったがえしてるなんて珍しいなと思い数枚の写真を撮った。
帰宅すると、夕飯は焼き肉だった。焼き鳥を多く食べ過ぎていたので焼き肉など入るスペースは私たちのお腹にはなかった。姪も引き続き上機嫌な様子で、優綺さんも楽しんでいるようだった。


寝るころには優綺さんも少し心が落ち着いた様子で、ほっとした。



2015年2月24日火曜日

90mmに取り付けたハーフフォグフィルターを使い出した日のこと

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正直に言って、私はAdobe Lightroomの達人と自称して良いくらいに愛用している。
いわゆるPhotoshopも使えないことは無いが、Lightroomの補正は写真の域を抜けないところがあるので安心して使用できるし、データの管理もしやすいのだ。

2015/02/15
金曜日の現場が長引き、帰宅が遅くなった。
優綺さんと母親に事情を説明して、優綺さんにはいつもと違って一足先に実家で待機してもらうことにしたのだ。よほど緊張したのだろう、帰宅して寝る前にインターホンを押しても誰もでなかったことや、家が近づくにつれて心臓がバクバクだった話等を聞いた。

土曜になっても、札幌の天気は回復せず何するとも無く二人で過ごした。ここ最近、そんな傾向があるので、来期の冬はもっとアクティブに動いていこうと思う。ちなみに、この日は串揚げを食べながら飲むという、我が家で最近生まれた夕飯を楽しんだ。

「最近ここから動いていない」という声が優綺さんから聞こえてきたのは日曜日。全くその通りだ。とうの原因をつくった私の方は、翌年まで対策を棚上げにしているわけだから。とはいえ、外の天気は大荒れ。とても外出する様な状況ではなかった。それでもと思い、コンビニまで行くことにしたが、それでもやはり風が強いので車で移動した。
結局一日中家に居たが、インターネットで写真を見たりしながらそれなりに過ごせた気がする。

しかし、あまりグータラしていては愛想尽かされそうなので早々に対策を取りたいと思う。



2015年2月23日月曜日

土日の仕事は早く帰りたくなる習慣がややついたなと思った日のこと

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週末が近づくにつれて、今週は何をしようかと思うようになった。といいつつも、いざ週末となると寝てばっかりの私だが時々急務の用が入って仕事になる。
それほどアタフタする様なものでないケースが多いけど、お客さんの事情になるべく合わせたのが営業という職業の習慣だ。

2015/02/08
前日は、仕事の打合せがあったので夕方に待ち合わせして合流した。15時には仕事を切り上げると決めて、スパスパと進められた気がする。打合せで多少予定が変更になったものの、無理して日曜日に対応する必要も無い用件だったので、作業は月曜日にまわして土曜の夜と日曜日の一日はゆっくり過ごすことが出来た。

さて、一日ゆっくり過ごせるとどうしても寝る時間が多くなってしまう。
この日は、せめて昼食ぐらいは出かけようと「あらとん」に行った。優綺さんと私が大好きなあらとんはつけ麺のお店。濃厚な魚介出しはダイレクトに唾腺を刺激する。この日も、きっちり満腹で店を出た。

一度家に帰ってからは、最近恒例の映画鑑賞だ。「天使にラブソングを」を見た。iTunesでれんたるできるんだが、画質が良くって今見てもなんのストレスも無い。
2作目は何度も見たけど、1作目をしっかり見たのはこの日が初めてで「あぁ、いい映画だな〜」と二人でニヤニヤした。考えても見れば、金土日ともなれば民放で嫌という程みる映画も、やや時間を置いてみて見ると始めてみたときの感動に近いものが得られるのだ。

最近は、ウチに優綺さんが居るのも定着している。
週末我が家に来て、ゆっくり過ごせる様になってきた。私の母は、ややライオンみたいなルックスをしているのでウサギみたいな優綺さん大丈夫かな?と心配していたところもあったが、今後はその心配も不要な様だ。

2015年2月10日火曜日

土日の二日間一緒に過ごせるのは良いことだと思った日のこと

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優綺さんのテスト期間中しばらく会っていなかった分、このブログの更新もややペースを乱している。会ってからまるっと1週間更新しなかったのは稀だ。しかし、ふと思ったことがある。近い将来優綺さんと一緒に生活しだしたら、このブログはどんな風に更新しようかという、割とどうでも良い話。
毎日更新するのか、週末にハイライトになるのか。今までの日付の記入はきっとなくなるんだろうなと思う。そもそも、このブログのタイトル自体変わってくるんだろうな。と思う。

2015/02/01
久々に金曜日の夜に待ち合わせして、日曜日まで一緒に過ごすことが出来た。
世の中には、不定休や平日に日をまたいで休みの人や毎日休みの人がいるわけだけど、こうして金曜日の夜からまるまる2日一緒に過ごせるのは非常に良いと思った。多少ダラダラできるし、口数の少ない二人にとっては長い時間一緒にいることが何より一番健康に良い。

ここ最近は決まって部屋で映画を見ている。
AppleTVは家にいながら映画が見られるので、とても重宝している。土曜日には3本くらい映画を見たが、最初の2本が割とバイオレンスだったので最後の1本はコメディを見た。ゲットスマートという映画だが、クスっとくる笑いだけ取ってくるツボだけ押さえた映画だと思う。

2日間という時間は、たしかに限られたものだけど、どんな風に過ごしてもイイとなると有意義につかえるのもまた2日間だと思っている。なにより、土曜日の夜に「さて、明日は何しようか」という話が出来るのが楽しいのだ。

2015年2月2日月曜日

お受験が終わったので約1ヶ月ぶりに会った日のこと

あめちゃんのお気に入り日和
まったく都合のいいもので、自分の都合で忙しくて会えない期間は仕事の忙しさに身体を奪われて会えていない期間のストレスなどあまり感じない。それなのに、相手の理由で会えていないと悶々とする。それがわたしという人間だ。

2015/01/25
さて、年明けからさっぱり会えなかったが優綺さんの試験が終わってからすぐに待ち合わせて一緒にデートした。恋人を撮っていないとカメラを持つモチベーションが下がるもので、この一枚目までしばらくカメラは弄っていなかった。

久々の再開で、レリーズを押した瞬間は恋人の満面の笑みだ。

会えていない期間、古い写真を見返していた。
思いのほか、優綺さんの笑顔の写真って多くない。彼女が笑顔のときは、だいたいカメラを構えていなかったなと感じた。
モチベーションを下げるわけではないが、彼女との記憶を残すと言う割に、一番ありふれた表情をカメラに納められていないのだ。

これから先を考えると、1ヶ月というのはそれほど長い期間ではない。
しかし、現実にはそれなりのヴォリュームある期間に、なんとなく自分の写真のありかたを見直すコトが出来た様に感じる。

2015年1月17日土曜日

優綺さんが試験勉強中なので年始から会えていないなって思った日

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このブログは、基本的に優綺さんに会った後に更新されている。週末にあった何でも無いことを何でもなく記録している。つまり、優綺さんに会っていなければ必然的に更新の数は減ってしまうのだ。

さて、いま優綺さんは就職後に必要な社会福祉士という資格試験の勉強まっただ中である。彼女は意外に頑固なところがあり、我慢すると決めるとトコトン我慢する。昔から、アイスは一日一個と決めていて、パピコは一袋に2コ入っているからと片方だけ食べてもう半分は冷蔵庫にしまう。そんなわけで、試験勉強に徹底するために今は一緒にいるのを我慢している状態だ。しかし、最近受けた模試の結果は良好であり私としては、せめて身体に気をつけて試験中に緊張すること無く落ち着いて設問に答えて欲しいと願っている。

ちなみに元旦以降会っていないので、新しい写真は特に無い。
今は寿命が近づいてきた愛用のカメラをそっと休ませている。




2015年1月6日火曜日

年始の日のこと

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あけましておめでとうございます。
本年もゆるく優綺さんと一緒にのんびりと過ごしていこうと思います。

2014/12/30〜2015/01/01
年末は優綺さんとゆっくり過ごせた。
写真と温泉を目当てに少し遠出して登別まで出かけた。写真に写っているのは、同行した弟の勇気と恋人の優綺さんである。

年末ともなればどこも混んでいるというものでもなく、登別では割合気長に温泉を楽しめた様な気がする。日帰り入浴だったが、浴場がとにかく大きいので混んでた感じがしなかったのかもしれない。地獄谷よりもっと先に行くと大湯沼というカルデラ湖みたいな温泉がある。そこに入浴は出来ないわけだが、さらに足を進めると足湯があるということなので入浴する前に写真を撮りにいこうと出かけたわけだ。
しかし、この大湯沼までの道のりがとにかく悪い。ツルツルの道を転びそうになりながら30分以上歩いた先に足湯がある。なかなか良い景色だったが、天気が悪かった。写真も程々に温泉に戻った。

翌日になる31日は、優綺さんと二人で過ごした。初日の出を楽しもうと、前日から色々食べ物やお酒を買い込んで明ける年を楽しんだ。しかし、買い物をしようと出かけた当初は、デパートの総菜コーナーの混みように滅入ってしてしまい帰宅したのは良い教訓だ。外食も同様に、美味しそうなお店はどこも満席。しょうがなく入った中華屋は随分と高級だったが、もう少し味に工夫が欲しいなと・・・・なんとも言えないものだった。
相手によってはデート失敗ということでドヤされそうな展開だったが、優綺さんの懐は深い。結局家の近くのスーパーで美味しそうなものを買って、年越しの晩ご飯を揃えた。

どこもそうだと思うが、紅白を見るかガキ使をみるかという話になるわけだが、なんかダラダラとどっちも見ててあまりどちらも記憶に無い。優綺さんの方も、お酒に酔ってしまい、眠くて眠くて仕方ないという様子だった。それでも、それなりに二人でカウントダウンなんかして、気がついたら翌日の昼に起きたという始末だ。

そう、つまり初日の出なんてものは、サッパリ見ることも無く年始をむかえたということだ。

そんなわけで、今年もまったりとゆっくりと過ごしていくに幸先よいスタートを切った。


本年もヨロシクお願いします。




2014年12月28日日曜日

恋人と写真とその他諸々のことについて

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ぼちぼち年末となってきた。年の瀬は、どんな業種でも忙しいものである。例外無く、クリスマスから正月飾りまでを扱う私の職業も例に漏れない。

さて、優綺さんの写真も膨大なストックとなってきた頃に私が写真にのみ使用している1TBのハードディスクもいよいよ満杯となりそうだ。当然優綺さんの写真以外にも様々な写真がハードディスクに収納されているわけで、大掃除と銘打ってストックフォトにアップしていこうと思う。アップしたもの以外は、保管用として何か収納の方法を考えようと思う。

そんなことを考えつつ、人を多く撮っている自分の写真を改めて俯瞰してみた。見返してみると、当初からスナップというポジションに変化は見られない。周りがポートレイトと言ってくれるので甘んじて「私は主にポートレイト撮ってますね」と言ってもいいのかなぁ〜などとくだらないコトを思っていたりする。
素材に何も添加しないという撮影スタンスは、個人の自由という大義によって守られるので特に今後も変化しないだろう。おそらく、今後も可愛い女性を着の身着のまま撮影してはカワイイカワイイと言いながらレタッチするんだと思う。数年後に、本人達が写真を見返して「あぁ、こんなことしたな」なんて笑いながら思って見返してくれれば、私の行動はきっと無駄にはならないと思う。

現在、優綺さんの写真は1万枚を超える。見返しているうちに、そもそも恋人との記憶を残していこうというものであったが、私の様なズボラな性格の人間がこうも素直に続けられているのはもう少し掘り下げた場所に理由があるんだろうと思った。

しかし、特に思い浮かばなかった。

それほど長い時間考えたワケではないが、あんまり明確な理由が浮かばずじまいとなってしまった。あまりに締まりが悪いので、また少し考えた結果「好きこそモノの得意なれ」なんて慣用句を充てがうことにした。ものごとは、シンプルな程楽しいんだと思うし、楽しい程続くのだ。

しかし、1万枚という具体的な数字。それも、かなりの量があるにもかかわらず未だに撮れていない恋人の表情がある。それはそれはいっぱいある。自分だけが知っていながら、撮り逃しているそれらの表情を撮り尽くすことはきっとないんだろうと思う。だからこそ、たとえプリクラだろうと携帯電話だろうと継続して写真を残していく意味があるんだろうと思う。

そんなところで、2014年の総括としよう。

2014年12月25日木曜日

仕事の撮影に付合ってもらった日のこと

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自分のコトを植木屋と言ってみたり、花屋と言ってみたり。私の務めてる会社の業種は多岐に渡り一概に説明しにくいところがある。ひとまず植物を扱う職業だと認識してもらえればイイと思う。さてさて、私の会社の生命線の一つにクリスマス装飾というものがある。アナタの街のあの素敵なクリスマスツリーなんかも私の会社だったりするくらい幅広くクリスマスを手掛けている。ちなみに、豪華絢爛にクリスマスの装飾をするもので設営後数日経った後に各地撮影にまわる。これは翌年の営業資料を作成する為である。
私の方は北海道の撮影担当となった。ここ数日は仕事として撮影にまわっている状況である。

2014/12/21
旭川でもクリスマス装飾を設営した場所があり、せっかくの遠出になるので優綺さんを誘った。数ヶ月前に祖母宅にお参りに行って以来通算2度目の旭川となる。金曜日の夜から優綺さんと過ごし、土曜日に旭川入り。撮影した後は、日曜日に美瑛観光という満喫コースを立てて行動した。

はっきり言って、旭川はとても寒い。
土曜日は、クリスマスツリーを撮影するので必然的に夜の行動になった。三脚を立ててじっくりと撮影するわけだがこれが寒い。とても寒かったが・・・・良い写真が撮れたと思う。夕飯は祖母宅にて、祖母がつくってくれた鍋をゆっくり食べた。習慣的なものだろう、食後に即爆睡。夜中に目がさめてから優綺さんとテレビを見たりして眠りに就いた。

日曜日は昼から美瑛に。

美瑛がこれまた寒い。
この日は特に風が強かった。地吹雪で気絶しそうになりながら、優綺さんと写真を楽しんだ。日が落ちるのを見計らって青い池のライトアップを見学に行った。森に囲まれた青い池は風こそ無いもののもの凄く寒かった。帰路に関しては、ホワイトアウトで前が見えないまま何時間も車を走らせた。

とにかく寒い寒い休日を過ごすことになったが、遠出はいつになく楽しい思い出になった気がする。



2014年12月8日月曜日

札幌も12月に入って随分と寒くなってきた日のこと

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前はこんな雰囲気の写真ばっかり撮っていた気がする。北海道に住むと解ると思うんだが、冬の女性程綺麗に見えるものだ。厚着している女性が好きという私の個人的な好みの問題もあるが、雪によって行く分環境光が複雑になるこの季節に女性は照り映えるのだ。

2014/12/08
12月に入って札幌は一気に冬の様子となった。日本の各地でも昨今の大雪でてんやわんやの様で、寒いのは何も札幌だけの話でないのは理解している。

優綺さんも国家試験間近となって色々と忙しそうだ。恋人自慢になってしまうが、優綺さんは日々コツコツと勉強しているので模試の結果は上々みたいだ。これは、自分のことのように嬉しい。ウサギみたいな性格の彼女だが、他に比べて何かが先行していもだらけたりしないのが「ウサギと亀」にでてくるウサギとの違いである。

さて、前日は私が二日酔いだったということもあり彼女の模試の後に待ち合わせして実家で過ごした。「テルマエロマエ2」を見た。とても良い作品。見終わった後に"世界不思議発見”で同じネタをやっていて二人で予習復習だねなんて思いながら『テルマエ』に思いを馳せた。ぼちぼち寒くなってきたので温泉に行きたい。

日曜日は、午前中から夕方まで優綺さんは国家試験の集中講座に出かけた。講習終了まで私の方は寝て過ごしたのである。講習の終わる頃を見計らって車で迎えに行ったわけだが、とてもとても雪が多く待ち合わせておいて良かったなぁ〜と思う程だった。再び実家に帰宅する途中家路の途中にワイン酒屋がオープンしていたことを思い出した。なかなか一人では入りにくいものの二人の好奇心から入店。無添加のワインをフランスから輸入するスタイルで帰宅してから飲んだワインは本当に美味しいワインだった。

姪が来ていたこともあり、丸いものに目が無い優綺さんは姪の丸さを満喫していた。写真を撮ってみたりだっこしてみたり丸さを満喫していた。

ふと思ったが、寒い時期ほど心の暖かさを充足させる必要があるんだと思う。暖房を効かせれば全てコト済むというものでもないのだろう。


2014年12月2日火曜日

今週も逢えてホッとした日のこと

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クリスマスの装飾施工もようやく落ち着いてきて、ここ数週間は毎週末優綺さんに逢えている。お互いの健康に維持にとって大切なことだ。今回アップロードしている写真を撮っている最中に少し気になったことがある。寝ている彼女に対してカメラを向ける場合、横にするか縦にするかということである。一緒に寝ているときは、何方かと言えば横広がりになるので、自分の視点と同じくする場合には縦構図で撮るべきなんではないだろうか・・・と思いながら横構図で写真を撮っていた。

んまぁ〜、そんなこと気になったところで、あまり意味も無いのだが。

2014/11/30
前日の夜に市内で待ち合わせし、帰宅途中に合流。合流後、時間も遅くなっていたので一緒にラーメンを食べにいった。家の近くにある「てつや」は、とても愛用しているラーメン屋だ。中学3年のときに札幌に引っ越してきた時、友人の桜庭が連れていってくれたラーメン屋だ。優綺さんは塩ラーメン。私は味噌ラーメン。正直なはなし、このラーメン屋の醤油ラーメン以外は”そんなでもない”というのを再認識した。

帰宅後は、翌日の13時までお互い黙々と寝る。
おそらく優綺さんの方が私より先に起床していたと思う。ぼちぼちウチの母親が優綺さんに”沢山食べなさいね”と言い始めたので、私が寝ている間に居間に行って朝食を食べるといいと思っている。たとえ雷に当たろうと寝ているであろう彼氏と息子について二人でトークすれば優綺さんの楽しみが増えるだろう。

遅く起きた日は、だいたい昼食の候補が限られるもので、例に逸れずこの日も近所の中華屋で昼を食べようか等とグータラしていたが気がつけば夕方になっていた。折角二人でいるのに、なんのイベントも無ければ少し寂しいなと感じ、18時前に家から少し歩いた先にある「笑平」という焼き鳥屋に足を運んだ。焼き鳥もさることなが、豚串が美味しい。
ほどほどに飲んで帰宅すると、実家の夕飯はもつ鍋だった。必然的に、こちらも〆として平らげる。

優綺さんの方もお腹いっぱいという様子で、部屋に戻るなりバタンと横になった。私もそれを見てドテンと横になって寝た。気がつけば夜中になっており、この日もさほど何も無く過ごしたことになる。私の寝顔を何のストレスも無く見てられる様になったという優綺さんの懐深さに感服である。

さて、年も暮れとなった。残念ながら、日本中をクリスマスにする仕事の都合上優綺さんと一緒にクリスマスを過ごすことが出来ない。夢の幕引きは、大忙しである。

しかしながら、そんな第二の繁忙期が過ぎればゆっくり彼女と過ごせる日が待っていると思えばあと一ヶ月の期間頑張れる様な気がする。

2014年11月24日月曜日

ぼちぼち仕事の繁忙期が過ぎたのでちょっと落ち着いた日のこと

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彼女も写真を撮る様になったので、せっかく出かけるなら絶景と呼ばれる様な場所に行きたくなるものだ。
なんでもないシーンを撮影するのも、もちろん楽しい。しかし私たちはなにも家の中でグータラ過ごしているだけではないのだ。どちらかといえば優綺さんの方が出かけるのが好きだが一端外に出れば、二人揃ってまだ見ぬ絶景の情報に胸躍らせるものである。

2014/11/24
心霊スポットでも有名なオタモイ海岸に出かけた。繁忙期につきなかなか逢えていなかったが、前回一緒に過ごせた貴重な一日も私はその90%を睡眠に費やしたのでせっかくの連休はどこかに出かけたいなと考えていた。

北海道の景勝地は11月くらいになると雪の影響を考え事前に通行止めとなる場所が多い。ちょっと行ってみたいなと優綺さんがインターネットで検索した場所の多くはすでに通行止めの状態となっており、移動にかかる時間も考慮して本日は割と近場の心霊スポットをチョイスした。

心霊スポットと呼ばれる場所は、おそらく大半は人が出入りしなくなった場所を指し、またその多くが景勝地であるケースが多い。私の性格的にヤバそうなら帰るので、何も無ければ景色を楽しんで天気の悪くなる前に帰るのだ。オタモイ海岸は、それはそれは綺麗な景色で、岩場特有のクールな感じが気に入った。もしコレが冬場ともなると、とてもじゃないけど滑落するだろう状況だった。ちなみに、明日からこの海岸にでる道は封鎖されるそうだ。

いかんせん昼夜を問わない仕事の形態ゆえ、繁忙期の今は逢うことすら難しい状況だった。いまは少し仕事がひと段落したので、前のように一緒に過ごせる時間が増えてくると思う。

今は、一緒にお腹いっぱいに食べた夕飯の余韻を楽しんでいる。



2014年11月17日月曜日

一ヶ月半ぶりに優綺さんに逢えた日のこと

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優綺さんは、ツーショットの足を撮る。優綺さんが足を撮る時、決まって私は眠っている。カメラを構えると、なかなかツーショットを撮るのが難しいということが恐らく最大の理由だろう。三脚を使えばと言う人もいると思うが、わざわざ一眼レフのカメラを使ってプリクラの真似事をするというのも、いささか面倒な気分になるものである。

2014/11/13
装飾関係の仕事は、概して施設の営業時間外に設営を行うことが多い。そうすると、スタートの時間がそもそも遅いので、深夜にずれ込むケースが多い。この時期はクリスマスの設営が多く、毎日出勤している様な状況だ。現場が続くと、なかなか休みが取れないので、自然と優綺さんに逢える時間が減ってくる。

この日も、朝まで作業して一日時間が空いたという感じだ。作業に入る前に、優綺さんに早起きしてねとだけ伝えて、私の実家で集合した。この日、私が撮影した写真は見事にゼロだ。一緒にいながら、そのほぼ90%に値する時間を私は寝て過ごしたのだ。

優綺さんの証言によれば、私はふと目覚める度にどんな夢を見たか等を話して、話し始めたと思ったらすぐに寝落ちしているというような状況だったそうだ。他意はないが、やはりどんな形であれ一緒に時間を過ごすということは、大事なことなんだ。と、自分をフォローしておこうと思う。

休めるときに休み、逢えるときには逢う。これは、とても重要なことだと理解した。


2014年11月11日火曜日

優綺さんも写真を撮る様になったことについて

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私がしつこく恋人を撮るものだから、恋人も写真を撮る様になりました。

これは、割とよくあるタイプの話だと思う。優綺さんは叔母からCanon EOS KissNを譲り受けて最近写真を撮っている。カメラ暦の浅い私からすると、クラシックなカメラだなと思うこのカメラだが、いまだにFlickrなんかでもこのカメラを使った写真がアップされている。もともとkissはコンシューマー向けのカメラであると認識している。その為か、Flickrで見かける写真も多くの場合でライトユーザーが多い。しかし、このカメラをいまでも使用している人間(Flickrの範囲で)は、概して媚びない。本当に撮るのも見るのも写真が好きなんだろうなと感じる様な、そんな写真を見ることが出来る。つまり、kissの二代目であるこのカメラは、とても愛されているカメラだということが、理解できるわけだ。

今回のアップしている写真は優綺さんが自分で撮影した写真だ。写真を撮るより先に、三脚が必要になると彼女には伝えており、彼女は手に入れた三脚とカメラを現在は有効活用している状態ということになる。

ちなみに、初期費用は近くのおじさんから入手したという500円の三脚(スリックのミドルクラス。これは貰ったに近い)のみとなるわけで、私個人としては「撮るべくして導かれたんだろう」程度に考えている。私は、彼女の写真が好きだ。


最近は、仕事が忙しく優綺さんにあえていない時間が多い。必然的に、私の写真が更新されていない状況が続いている。これはとても寂しいもので、次にあったら常にカメラを構えてしまいそうな気がする。そんな日が続いている中、優綺さんがセルフポートレイトを撮り始めた。今回ブログに挙げている写真はそんなセルフポートレイトの中の一枚となるわけだ。個人的な先入観の中でセルフポートレイトの位置づけというのは、他者からの承認を得る一つの方法、もしくは、自分のことを忘れないでいてほしい等といった自己主張の一つ程度に考えていた。しかし、その認識を今回のこの写真で変えようと思った。
それは、当然この写真が存在する意味の先にいる当事者であるということが大きく影響するわけだが、つまるところ

次ぎ逢えたら、何しよう。

そんなことを考えるきっかけとなる。

それだけを私の記事を見てくれている人に知ってもらえれば、いいのかな。なんて思っている。きっと、どんなセルフポートレイトの場合でも慎重に立ち位置を変えながら一つの写真を見ることが出来れば受け取る面白さは変わってくるんだろう。そんな気がした。

2014年10月30日木曜日

ノンフィクションかフィクションかということについて

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優綺さんと熱烈交際をする様になって、私の写真の雰囲気はずいぶんと変わったと思う。
前々から私のことを知っている人なら「最近は、恋人のことをずっと撮ってるね」という認識がもう定着した頃だと思う。
私の写真は、それこそ多くの人から多くのことを教えてもらって、教えてもらったことの反映をしつこく反復しながら成り立っている。写真家教育を受けていない私が、自画自賛する写真が撮れているのは何も私が勤勉だからというわけではなく、周りの人が「教え上手」だということに他ならない。

さて、表題に挙げたノンフィクションかフィクションかということだがこれが写真の評価に直結するものでないことを先に言っておきたい。というのも、フィクションかそうでないかということは、偽物か本物かという認識に置き換えて簡単に理解しようとする人が多いからだ。

私と優綺さんは、交際している。これは事実だ。しかし、私たちの写真が、私たちの実生活の一場面かというと実は微妙なラインだ。私たちのデートの選択肢には「写真撮をりに出かけよう」というものがある。そもそも、当日行き当たりばったりで大まかなイメージを二人で組上げて、予定不調和の撮影を楽しむものである。意識の高い人なら、このくったくたのグレーゾーンを理解するだろう。私たちは、作為的に日常の一部と見せかけつつ、写真の為に立ち位置や撮影するタイミングを決めたり、姿勢を決めたりしているが―――これは私たちの日常の、デート作法の一つなのだ。

最近の写真の傾向として、VFX並みの写真を作り込む人と、通行人を撮る人とで大別されている様な気がする。しかし、カメラという機械的性質上、実はどちらも相違ない。
どちらも全てが実在し、ノンフィクションなのだ。


そうすると、フィックションな写真とは一体何か。ということになる。

個人的な判断としては、モノとコンセプトが一致していないものを指すと思っている。
例えば、あかの他人を撮影して恋人だと言うなら、それはフィクションだということである。つまるところ、写っているものを超えたコンセプトを当てはめることはフィクションである、と言いたい。

写真は、既成事実を作りやすいのでこうした事例は多いが、フィクションとノンフィクションの間には微妙な境界線がある。

2014年10月21日火曜日

空気が澄んで夕日が綺麗だった日のこと

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「感性とは、感動する心のコトだと思っている。それがどれだけ広いかが重要だ」というのは、内田繁さんの言葉。私が大学生の頃、氏が主催する展示会に行く機会があり、竹で編まれた茶室でひとしきり寝てみた後、氏に話しかけると「感動した?」と聞かれた。私は素直に「コンクリートの匂いが混ざっちゃうけど、竹と畳の匂いって何にも代え難いです」と答えた。その後、あの竹は釣り友達からまとめて貰ったもんだとか色々なことを教えてもらった。感動というと、少し大げさな話だが写真をしつこく撮る様になると、ふとした光景に胸をこ〜〜バクンとさせられることがある。だいたい、そういうときっていうのはカメラを持った無かったりするものだ。

2014/10/19
前日、優綺さんと待ち合わせて一緒に実家に帰った。最近、仕事が多い傾向なのでこうして二人で過ごす時間は貴重だ。帰宅後に夕飯を食べて、一息ついたら散歩したりしている。最近は、少し寒いが絶えられない程でもなく、散歩に丁度いい。

日曜日は昼くらいに起きた気がする。起きた後も、なかなかベッドから離れられず優綺さん恒例の「どうしたら手嶋は起きるのゲーム」を楽しんだ様子だ。目が覚めて、やけに嬉しそうにしてるときは大体その前にしこたまいたずらされているのが常だ。
昼食を取り映画を見た。といっても、AppleTVで自宅レンタルして視聴するというもので、非常にグータラに過ごしたという方が正確だろう。

最近は、日が沈むのが早い。もう4時には日が落ち始めているのだ。
居間に移動してみると、夕日で部屋中が黄色くなっていた。ふとした感動の時間に珍しくカメラを持っていたのですぐに優綺さんを呼んで撮影した。

私の写真が「作品」という枠に入らないのは、こうした能天気な正確が原因だろうとよく納得したが、小さなことでワクワク出来るというのは、これまた何にも代え難いことだと感じる。



2014年10月15日水曜日

田辺バナナがおいしかった日のこと

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先日優綺さんと出会ってから一年が経過した。出会ってから会うたびに(ざっくりと)記録されていて、時がくればその当時が思い出せるのは写真を撮り続けているからこそだろう。
さかのぼること一年前、大通公園を散歩しながら写真を撮った時から見ると分かりやすく撮影の内容が変化している。その変化に気がつくのもまた、写真を撮り続けているかこそである。

写真というものは本当に一瞬しか残さない。特に私たちの撮影の場合には1秒に満たない時間をカメラが二次元に変換している訳だから「記憶のヒント」という枠を超えることは無い。ただ、理解してもらいたいのは写真を撮っているとき私たちは確かに同時に同じ場所に存在していて、二人でおちゃらけているということだ。

2014.10.12
かねてから行きたいと思っていたモエレ沼公園に出かけた。ちなみに、ほぼ一年振りとなる。前回の訪問は、2013.10.13である。その日は、雨だったが後に晴れてマジックアワーを体験した思い出がある。

・・・・・良い機会なので、その当時の写真を載せてみる。

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といっても、今年に入って改めて補正しなおしている写真なのであまり今と変わらないか。
強いて言うなら、優綺さんの髪の毛が長く、ちょっと毛先をフワフワさせたりしちゃっているあたりがちょっと違う。この当時の自分なら、バナナを頭に載せるなんてことは考えなかっただろうと思うが。


さて、今回のモエレ沼散歩は移動の途中に寄ったローソンで田辺農園のバナナを発見したことに始まる。公園中をバナナを持った女の子とカメラを持った男の子が散歩している訳だから、よほどハッピーなカップルに見えたことだろう。しかし、このバナナの房としての完成度が高いことに撮影しながら気がついていき、散歩を終えた頃に一口食べたところ笑ってしまうほど美味だった。

バナナの話が盛り上がってきたところだが、それほど色々なバナナを食べたことがある訳ではないので、この田辺農園のバナナが他と比べてどうかという評価は出来ないが、是非一度ご賞味アレと思う(ん、なんでバナナの販促してるんだ?)

一日を通して、念願のモエレ沼公園に行けたことは週末のリフレッシュとなった。散歩はやはりいいものだ。

これからも、一年前にたどった道を振り返りつつ新しい脇道に踏み出せれば今後も楽しいことは増えていくだろうなと思った。