2014年10月6日月曜日

優綺さんと知り合ってから1年が経過した日のこと

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自分の中で時より揺れるのが「文化的なところにリンクしたい。しかし、それより今を満たす経済力が欲しい」という考え。これは、いわゆる一般的な方にとっては「あぁ〜なるほどね」と割と理解しやすいジレンマである。しかし、実際にそうした最前線に身を置く方にとっては「縁が無いか、才能が無いか」というものだろう。残念ながら、私という人間は見た目通りストイックさに欠けるのである。

ごく最近の話だが、店舗でフォトセッションを開催した。開催したと言っても、企画の持ち込みは写真家 加藤睦さんで、私の方は店舗のスペースを貸したに過ぎない。ただ、写真という文化的なものに何か提供が出来たということが、私としては価値ある体験だった。

2014/10/05
2日間に渡るフォトセッションの二日目。初日も楽しかったが、二日目もやはり楽しい一日となった。前日は大荒れだった天気も、今日には晴れて過ごしやすい様子だった。
午前中は、久保ヒデキさんと加藤睦さんによるフォトレッスンとして時間を割いており、4日間程度の告知を見て参加された方は実際にライティングによる変化を体験し楽しそうだった。ちなみに、フォトレッスンのモデルは優綺さんだった。


実は、この日は私と優綺さんが知り合って丁度一年が経過する日でもある。今日に至る1年の記憶が鮮明なのは、知り合ったときから会う度に彼女の写真を撮っているからこそのことだと思う。拙いながらに継続したことで得られる感動だと思う。

知り合った頃の優綺さんに私は「よく言って地味」と言った。写真を撮り続けるにつれ、彼女と親交を持ち、結果的に今に至る。一連の流れは、お互いに何か魅力を感じる男女の割と一般的な展開であって、どちらかというと私の熱烈アプローチによる結果。とも言えなくもない。

さて、知り合って一年ということで今を振り返ってみると知り合った頃からずいぶんと私たちを取り巻く環境が変化している。
当然、私の写真の撮り方も変わっているし、優綺さんが私に見せる表情も全く違うのである。私にとって写真は映像の抽出という感覚は相変わらずだ。知り合ってから次第にお団子みたいに丸くなっていく優綺さんの表情も楽しんでもらえれば、私が写真を撮る意味が少し正当化される気がする。

今でもなお、お互いの信頼感が醸成されている最中にいるということだ。

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